【ニカラグアvol.2】三大産地のテロワールを解説します

第1回は、ニカラグアコーヒーの歴史と、おいしさを育む自然環境について解説しました。
第2回の今回は、ニカラグアを代表する三大コーヒー産地を深掘りします。

ニカラグアのコーヒー産地は、国土の中央から北部にかけての山岳地帯に集中しています。主な産地は3つ。それぞれに明確な個性があります。同じ国内でありながら、標高や気候、テロワールによって味わいのキャラクターは驚くほど異なっています。
さっそく、それぞれの産地をみていきましょう!

ヌエバ・セゴビア:国際的に評価されるクリーンな酸味

ヌエバ・セゴビアは、ニカラグア最北端、ホンジュラスとの国境沿いのコルディジェラ・ディピルト・ハラパ自然保護区内に位置するコーヒー産地です。国内生産量は三産地の中で最も少ないものの、品質の高さでは国を代表する産地として国際的に評価されています。標高1,200〜1,800mと国内最高標高のこの地では、昼夜の寒暖差が大きく、コーヒーチェリーがゆっくりと熟すため、糖度が高く複雑なフレーバーが生まれやすい環境です。クリーンで明るい酸と繊細な甘み、そしてフローラルな香りが特徴で、COEでの入賞農園が多く集まるエリアです。

この地にコーヒーが根づいたのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのことです。当時のニカラグア政府は輸出産物の育成を国策として推し進めており、コーヒー栽培への奨励策に目をつけた外国人移民たちがこの地に入植しました。国営鉄道建設のためにニカラグアへ渡ったドイツ人技師ブルーノは、政府から土地を報酬として受け取り、1908年に自らの農園「サホニア」に初めてコーヒーの木を植えました。後に息子ウィルフリードが「ラス・ラハス」などの農園を買い増し、これがニカラグアを代表するミエリッシュ・ファミリーの農園群へと発展していきます。

またヌエバ・セゴビア北部のディピルト周辺では、地元の農家も次々とコーヒー栽培を始めました。1955年ごろ、ルイス・エミリオ・バラダレス氏が祖母から受け継いだ6ヘクタールの小さな土地から始まったこの農園では、当初、最寄りの精製所までコーヒーを運ぶ手段は馬しかなく、険しい山道を一袋ずつ運んでいたそうです。そんな環境でもマラカトゥーラやマラゴジペ、ジャバといった品種を丁寧に育てつづけました。農園の名前「ブエノスアイレス」は、ホンジュラス国境近くにあったルイス・エミリオ氏最初の農地へのオマージュだといわれています。

その後、2008年にCOEを初受賞し、2015年には1位を獲得。現在は息子のオルマン氏が中心となって今では10農園以上を運営し、受賞歴は14回。2022年には、特定の地域で決められた基準を満たしたコーヒーだけが名乗れる原産地呼称制度「DO Dipilto」に、ニカラグアで初めて認定されました。家族で築き上げてきた品質の積み重ねが、数字に表れています。

海ノ向こうコーヒーが扱うニカラグア豆は、すべてこのブエノスアイレス農園のロットです。

DO Dipiltoとは?
「Dipilto」とは、決められた品質基準を満たしたコーヒーだけが産地名を名乗れる原産地呼称制度のことです。フランス発祥の仕組みで、20世紀初頭にワイン産業を中心に法整備が進められ、産地名を騙った偽装品から生産者を守るために発展してきました。認定を受けるには、標高1,200m以上での栽培、精製・乾燥工程の基準遵守、カッピングによる品質審査など17項目をクリアする必要があります。ホンジュラスやグアテマラでは先行事例があるものの、ニカラグアでの認定はこれが初めてのことでした。

ヒノテガ親しみやすくマイルドな味わい

ニカラグアにおけるアラビカ生産量は、主要三産地(ヒノテガ・マタガルパ・ヌエバ・セゴビア)で85%以上を占めていますが、中でも中北部に位置するヒノテガは、最大の生産地域として国内産出量の半数超(推計40〜65%程度)を担っています。標高1,000mを超える山あいに位置するため年間を通じて気温が低く、霧が絶えず立ち込めることから「シウダ・デ・ラス・ブルマス(霧の街)」とも呼ばれています。この霧が直射日光を和らげ、適度な湿度を保つことで、コーヒーの木がゆっくりと育つ環境が自然に整っています。標高は1,000〜1,700mと幅広く、ダリエンセ・イサベリア山系に囲まれた谷あいに市街地が広がっています。

この地にコーヒーが根づいたのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのことです。グラナダやレオンといった国内の有力農家に加え、ドイツ・イギリス・北米からの外国人起業家たちがこの地に目をつけ、多くの農園が誕生しました。ヒノテガ北部に「ラ・フンダドーラ」という集落を拓き、当時ニカラグア北部最大規模のコーヒー農園を運営したのはポッターというイギリス人でした。コーヒーによる経済的な活況は街の商業も育て、ドイツ人実業家がウィーン風のカジノを開き、家具やビリヤード台をドイツから取り寄せたという記録も残っています。2003年、放棄されていた農地を引き継いで再建されたラ・バスティーヤ農園のように、自力で立て直しに成功した生産者たちがこの地の農業を支えてきました。

現在は15,000以上の農家がこの地でコーヒーを育てており、COEでも5回の受賞歴を持つ産地として国際的に評価されています。全体的に穏やかでマイルドな味わいで、チョコレートやナッツのフレーバーに果実や柑橘のニュアンスが加わる、毎日飲んでも飽きない親しみやすさが持ち味です。

マタガルパ マタガルパ :甘みと酸味が調和した味わい

ヒノテガの南に隣接するマタガルパは、ニカラグアで最初にコーヒー栽培が広まった産地の一つで、ヒノテガに次ぐ第二の産地として長くニカラグアコーヒーを支えてきました。標高800〜1,500mのコルディジェラ・ダリエンセ山脈の山懐に広がり、土壌にはカリウム・リンが豊富に含まれています。カリウムは果実の糖度を高め、リンは根の発育を助けるため、栄養をしっかり吸収した実が育ちます。

高地ならではの寒暖差がチェリーの成熟をゆっくり進めることで、クエン酸やリンゴ酸といった酸味のもととなる成分も発達しますが、ヌエバ・セゴビアほど極端な寒暖差がないため酸味は穏やかで、ナッツやチョコレートのような甘みが前面に出るバランスのとれた味わいが特徴です。

この地にコーヒーをもたらしたのは、19世紀後半にヨーロッパから移住してきた人たちでした。コーヒー産業を拡大したいものの資本も技術も不足していたニカラグア政府は、農園経営のノウハウと資金を持つヨーロッパや北米の移民に対して、土地の提供や優遇措置を用意し積極的に招き入れました。1850年代にドイツ人のルイス・エルスターと妻カタリナ・ブラウンが北ニカラグアで初めてコーヒーを植え、その後ドイツ・イギリス・北米からの移民が次々とマタガルパに移り住んでいきました。今もマタガルパの街には外国系の姓を持つ人々が多く暮らしており、街の中心にはコーヒー博物館があります。

また、マタガルパはジャバニカと呼ばれる希少品種の主要産地の一つとしても知られています。もともとエチオピアを起源とするこの品種は、オランダによってジャワ島に持ち込まれ、やがてニカラグアへと渡りました。ニカラグアでこの品種を広めたミエリッシュ家が「Java」と「Nicaragua」を組み合わせて「Javanica(ジャバニカ)」と名づけたことから、この呼び名が定着しています。現在はマタガルパとヒノテガを中心に栽培されており、ロングベリーと呼ばれる大粒の豆が特徴で、繊細なフローラルな香りとトロピカルフルーツ、チョコレートを思わせる複雑なカップが高く評価されています。

海ノ向こうコーヒーでは、ニカラグアの商品をいくつか取り扱っています。次回の記事では、ニカラグアの豆の特徴とニカラグア3種の味わいを比較します。

ニカラグアのコーヒーは、こちら。

毎日飲みたくなるようなバランスの良さが魅力です。