
目次
今回のスピーカー



産地に自ら足を運び、価値観の違いを肌で知ることで、コーヒーの本当の姿を確かめてきた続木さん。前編では、その現地での発見や、農園の生産者との信頼関係について伺いました。
一杯のコーヒーの裏側には、産地ごとに異なる事情や、生産者一人ひとりの想いが存在しています。そうした背景を知っているからこそ語れる言葉には、単に豆の味を説明するだけでは届かない説得力があるように感じました。
後編では、そうした産地での経験が、実際の豆選びや店づくり、そしてお客様との関係づくりにどのように活かされているのかを伺いました。
お客様に「また行きたい」と思ってもらえる店であるために、続木さんが積み重ねてきた工夫と信頼のつくり方に、迫ります。
みんなが80点以上をつけてくれる豆を選ぶ
西尾:それでは、ここから豆選びの部分についても伺っていきたいのですが、豆を選ぶ上で何が一番大切か教えてください。

続木:豆の選び方は店舗の営業方針次第です。まずどういうお客さんで店を満たしたいかを考えて店作りをする必要があり、商品選びもレイアウトや内装と同じで、その店にどんな豆が必要かという話になってきます。うちの場合、釜のサイズの都合上、必然的に豆を売るしかない状況だったのです。
なので、とにかくお客さんにたくさん来てもらう必要があって、そのために従業員も雇わなきゃいけないし、それに応じた売上も上げなきゃいけない。そうなると、いかにあらゆる人が飲んで美味しいと思える豆にするかが基準になります。尖った豆ではなく、Aさん、Bさん、Cさんが飲んだら、みんなが80点以上をつけてくれるような豆を仕入れるということです。だからといって個性がないわけではなく、豆の個性を出しつつ、みんなが美味しいと思える豆は何なのかを常に考えています。
もう一つの軸はブレンド作りです。浅煎り、中煎り、中深煎り、深煎りそれぞれにブレンドを作っているので、そのブレンドがうまくまとまる豆を選ぶことも欠かせません。
西尾:レギュラー商品は万人受けしやすいものが多いのですね。期間限定はニッチなものが多い印象なのですが、これはどんな思いではじめたのですか?

続木:レギュラー商品はそういう考えで出しているんですが、それだけだとみんなが飽きてしまうので、面白いものも並行して出したくて。それで「スペシャル」という形で一点だけ仕入れて、売り切れるまで出していくというのを始めました。今回はエルサルバドルの温泉ゲイシャです。
永田:「温泉って何やねん。」みたいなところでお客様との会話も弾みますね。ネーミングもわかりやすいです。
続木:これ、精製の際にこの温泉水を使っているんです。この温泉水が豆を甘くしてくれるという話があって、その面白さも込めて「温泉ゲイシャ」という名前にしています。
永田:ほかにも、インフューズドとかも扱っていますよね。ロースターさんの中には、インフューズドは買いにくいという声もあるんですが、続木さんは最初、使ってみるにあたって何かためらう点はあったりしたのですか。
お客様からの「これ何!?」を引き出したい

続木:実はフルッタ・メルカドンという、ブラジルのアナエロ(嫌気性発酵、アナエロビック・ファーメンテーションの略)の走りのようなコーヒーがあったのです。ブラジルでアナエロが知れ渡ったのは、ガブリエル・ヌネスさんという生産者の農園が特殊な精製方法のコーヒーでカップ・オブ・エクセレンス(COE)を受賞したことがきっかけだったそうです。
ブラジルでアナエロが流行っていた当時、輸入業者が親しい農園にアナエロの製法を試してもらい、その中でドナ・ネネン農園が一番しっかりしたものを作っていたので、うちでも第一弾としてヒット商品として出したのです。ただ今までのコーヒーとはあまりに違う味で、当時アナエロを扱っているコーヒー屋さんがいなかったので、動画を撮って料理人の方々に飲んでいただき、そのコメントを紹介したところ、「この人たちが言うんだったら」と納得して飲んでくださいました。こういうやり方でもコーヒーは売れるんだなと思いました。
正直、最初はためらいもありました。ただ、アナエロもずっと出し続けていると飽きられてしまいますし、インフューズドはさらにその傾向が強いので、続けていたら絶対に売れなくなります。なので、年に何回かパッと見て「これ何?」と思わせる見た目と名前で出すことを心がけています。
バレンタインデーに合わせて「シマレンローズ」というインフューズドの商品を販売したのですが、これがすごい人気でした。こうして繰り出していくと、ニッチなコーヒーを販売しても「あいつが言うんだったら美味いだろう」と思ってもらえるんです。秋に出すバレルエイジドは、「秋の夜長のほろ酔いコーヒー」というキャッチコピーで考えています。
西尾:見せ方がお上手ですね。文字だけではなく、イラストや写真で視覚からアプローチしているのが面白いなと思います。
続木:珍しい商品ほど、名前と見た目でまず興味を持ってもらうことが大事だと思っています。

西尾:そんな続木さんが農園名やストーリーを商品にどう反映させているのか、続木さんの考え方をもう少し伺いたいです。POPなどに産地や農園名を書くことについては、どうお考えですか。
続木:農園名をただ書くだけだと、お客様には「輸入している人だから言えるだけの話」という、自分たちには関係のない情報に見えてしまうこともあるんです。名前を出す意義があるなら出す必要があると思いますが、そうでない場合は、なるべく分かりやすい名前でイメージが伝わるようにした方がいいと考えています。
コーヒーの説明は、カウンター越しでもPOPでも、相手の目線に合わせてすることが重要だと思っています。コーヒーの本当の姿を知るには、先進国側の基準ではなく産地側の基準で見る必要があります。それと同じように、お客様への説明も、お店側の理屈ではなくお客様の目線に立たないと伝わらないんです。
POPに産地や農園名を記載すること自体は、悪いことだとは思っていません。実際うちでも農園名をPOPに書くことは少なくないんですが、そう書く商品は、私自身がその農園のストーリーをちゃんと語れるものに限定しています。例えばブラジルのサンタカタリーナ農園のコーヒーであれば、お客様に「この農園のオーナーはね」と語ることで、お客様もその農園のファンになってくださる。逆に、そのストーリーを自分自身が知らずに農園名だけを書いても、それは単なる記号に過ぎなくて、お客様には伝わらないんです。
西尾:農園名だけだと記号でしかない。たしかに。そのストーリーの説明があるかどうかで全然伝わり方が変わりますよね。ちなみに、これだけの種類の豆を切らさず並べるというのも大変なことだと思いますが、その点でご苦労はありましたか。
豆を切らさない覚悟

続木:この店もオープンして最初の3年間は、売れるよりも捨てる量の方が多く、資金繰りに苦労しながら営業を続け、5年目ぐらいでようやく豆が売れるようになりました。ただ、結局物がないと売れないんですよね。以前飲んで美味しかったからと豆を買いに来てくれても、「200グラムください」と言われて「すいません、100グラムしかありません」ということが何回か続くと、もう買いに来てくれなくなります。だから捨てても絶対に切らさないことをひたすらやり続けました。
西尾:切らさないための量を仕入れるのも、なかなか勇気がいりそうですね。
続木:同業者に「どうやったら豆が売れるんですか」と聞かれたら、まず「そもそも、売るだけの豆の量を仕入れていますか?」と聞き返すようにしています。1キロしか仕入れないならカップ売りだけでやった方がいい。豆を売るなら、たくさんお求め頂いても品切れにならないよう、常に3~5キロはストックできるくらい焙煎しておいて、売れるようになるまでの数年間は、そのうちの6割くらいは廃棄する覚悟がないと、なかなか豆は売れるようになりません。それを実践してきたから今のヴェルディがあるのだと思います。

西尾:今、豆の種類ってどれくらいあるんですか。
続木:倉庫には30種類ぐらい、店舗に並んでいるのは常に27、8種類ですね。ブレンドを抜いたら22、3ぐらいです。それでも絶対にロスは出るんですよ。焙煎して10日ぐらい経つと香りが落ちてしまうので、焙煎後一週間経過した豆は、冷凍しておいて通信販売の「冷凍お得便」としてお値打ち価格で販売しています。
永田:冷凍ですか。おもしろい発想ですね。
続木:これがまたよく売れるんです。そのおかげであまり心配せずに焙煎ができるようになりました。冷凍したコーヒーも美味しいということを動画で見せていて、30人ぐらいに冷凍3ヶ月のものと焙煎して1週間経ったものを飲んでもらってどちらが美味しいか比べてもらったら、大体平均して同じくらいだったのです。この結果を見せることで、冷凍でも美味しいと安心して買ってもらえるようになり、人気を集めていますね。100グラム7つ入りで5,700円で販売しているのですが、これが想像以上に好調です。
西尾:ロスを商品にしてしまうという発想が素晴らしいです。それでは、海ノ向こうコーヒーで現在ご購入いただいているエチオピア ゴールデンビーンズ ハラー メルカ バロ ナチュラル G3との出会いやきっかけ、続木さんの思うこの豆の魅力をお伺いしたいです。
エチオピア ゴールデンビーンズ ハラー メルカ バロ ナチュラル G3を選ぶ理由
続木:ハラーに関しては、SCAJのブースで「ゴールデンビーンズ」というのを紹介されて、「これ、どこで買えるんですか」と聞いたら、「海ノ向こうコーヒーさんで買えますよ」と教えてもらったことがきっかけです。うちは2ヶ月に1回コーヒーをテーマにした少人数制の夜のイベント「珈琲夜話の会」というのをやっているのですが、その中でエチオピアを特集した時に、「テロワールによって味が全然変わってくる。モカフレーバーの中心はどこなのか。」という話になり、一般の人が思っているモカフレーバーはハラーだったりするので、ハラー、ジンマ、イルガチェフ、グジと揃えて、みんなに飲んでもらって味を比較するというのをやったのが購入のきっかけでした。
西尾:どんな感じの反応だったのですか。

続木:4種類を飲み比べてもらうと、みんな「え、産地が違うだけでこんなに違うの?」とすごく驚くんです。特にハラーを飲んだお客さんが「これがモカフレーバーなんだ」と実感してくれて、そこからすごく盛り上がったんです。1回のイベントで20人ぐらい集まるのですが、その場で「じゃあ次はこの豆買ってみる」となってくれる方が多くて。参加してくれるのは割と常連さんが中心ですね。
西尾:常連さんが中心のイベントなんですね。お店をするにあたって常連さんの存在は大きいですよね。

今回紹介した商品
コーヒー屋さんがお客様を育てる
続木:コーヒー豆を売るには、やっぱりお客様を育てないといけないんです。コーヒーってこんなにバラエティがあって面白いものなんだと思っていただけるように、店とお客様の信頼関係を構築することで、いろんな豆が売れるようになることにつながると思います。うちの店を信頼してくださっていたら、私が「これ面白いですよ」と言ったら「じゃあ一回飲んでみるよ」と言ってくれる。好みじゃなかったとしても「でも確かにこのコーヒー面白かったな」という反応になる。でもきっと信頼していなかったら「ここのコーヒーは美味しくない。」で終わってしまうと思うのです。そのためにも夜話の会やカウンタートークで、「こいつが言うコーヒーのことは信用できるな」と思っていただけるようにしています。
西尾:お店がお客さんを育てる…。とても大切な視点だと思います。
続木:そのためには自分が、相当勉強しなきゃいけないんですよね。
西尾:イベントでは、普段どんな話をされるんですか。農園の話がメインだったりしますか。

続木:話をするときは、分かりやすいところから入るようにしています。例えば、エチオピアの農園に行くと周りでみんなライフルを持っているんですが、「それはライオンが出てきた時に撃つためなんです。」という雑談から入って、興味を持ってもらったところで少し専門的な話につなげていくんです。イルガチェフとグジがあって、うちのお店ではナチュラルはイルガチェフ、ウォッシュはグジを扱っているのですが、栽培されている山や地域そのものが違うから味が違ってくるんですよね。実際にイルガチェフは標高1800mぐらいがメインの産地で、グジは2300mまで栽培されている高地で、土壌の違いや日の当たり方の違いで、これだけ味が違うんですよ、という話をすると「へー!そうなんだ」となって、また来てくれるんです。
西尾:常連さんはやはりどんどんマニアックになっていくものなんですか。
続木:今や常連さんがかなりマニアックですからね。従業員が呪文のように話していることを理解してくれる常連さんも多いです。以前、パカマラを扱っていたとき、まだ詳しくないお客さんに「パカマラって何?」と聞かれたので、「エルサルバドルの固有品種で、ブルボン種が突然変異したパカス種っていうのがあって、それは美味しいけど粒がちっちゃいのが難点で、ブラジルでティピカの突然変異のマラゴジッペという巨大品種と掛け合わせたらこうなったのだよ。」という話をすると、パカスはブルボンの変異、マラゴジッペはティピカの変異、というところまでみんな覚えてくれるんですよね。そこから先はカトゥーラやカトゥアイの話をしても、みんなパッと通じちゃう。
西尾:お客様がどんどん詳しくなっていくのが目に見えるのも嬉しいですよね。それではカスカラを扱っている理由についても伺いたいです。
海ノ向こうコーヒーのカスカラを選ぶ理由
続木:実はオープン当初は紅茶も扱っていたのですが、紅茶にもかなりこだわっていたこともあり、「紅茶専門店」だと勘違いされてしまったんですね。それがショックで、うちはあくまでコーヒー専門店なので、途中でやめました。ただコーヒー以外のものを求めて来られるお客様がいらっしゃるのは事実で、じゃあ何が出せるかと考えた時に、カスカラだったら整合性が取れるなと。
最初はボリビアのカスカラからスタートして、コパカバーナ農園から原袋で仕入れていたのですが、ある年、流通面で安定した品質を確保するのが難しくなった時期があり、そこで海ノ向こうコーヒーさんが何種類か出されていたのを知り、現在はイエメンのカスカラを中心に使っています。海ノ向こうコーヒーさんのカスカラって甘みがちょうどよくて、すごく良い味がするんですよ。以前はラオスのものも扱っていましたが、残念ながら今は入荷がなく、イエメンだけを購入している状況です。「カスカラサブレ」は今も販売していますが、酸味がしっかりしたラオスのカスカラのほうが向いていると感じています。

今回紹介した商品
イエメンのカスカラティー
西尾:紅茶をやめた経緯も含めて、コンセプトを大事にされているのがよくわかります。次は、焙煎についても伺いたいのですが、今マイスターの焙煎機を使われていますよね。使っている理由はありますか。
豆を売る気がないなら1キロ釜、ビジネスにするなら5キロから
続木:焙煎機は、カフェ・バッハの田口さんに勧められて選んだので、正直自分の意思はあまりなかったのです。最初に買った10キロ釜は1種類につき最低2キロ焙煎する必要があり、結果的に自分を追い込むことになりました。18品種扱っていた頃は毎週約36キロを焙煎する計算になります。1ヶ月に直したら150キロぐらい焙煎していて、120、130キロは売らないと全部ロスになります。すると、それを売るためにどうしようという発想が必要になってきます。
豆を売らない気だったら1キロ釜からスタートしたらいいと思うんですが、将来豆を売ってビジネスをやろうと思うんだったら最低5キロからスタートしたらいいなと思います。最初の1年は途方に暮れるんですけど、そこで頑張れば売れるようになるし、ダメだったら仕方がない。

西尾:今、1日にどれくらい焼いたりしているんですか。
続木:大体、毎日20、30キロぐらいですね。
西尾:浅煎りとか深煎りとか色々な段階で豆を扱われていると思うんですが、その焼き方の加減の判断基準はどういうところにあるんですか。
長年焙煎してきたからこそわかること
続木:豆の硬さや、どういう焙煎度合いでどういう味になるかという部分で、各々の豆に「これが一番おいしくなるポイント」と「次に良いポイント」があります。最近はちょっと深煎りに耐える豆が少なくなってきたなと感じています。お店を始めた頃、ケニアは2ハゼが終わる前に上げると結構酸味が残っていたのですが、今は2ハゼで終わってから出すと全然香りがしなくなってしまう。ケニアに行った時、標高1800mぐらいのところでも、低標高向けの品種が植わっていたりして、以前植えていたものが全部切られていたので、最初は木を若返らせる「カットバック」かと思ったのですが、聞いてみたら根から掘り替える「植え替え」で、品種自体を変えていたのです。もしかしたら知らぬ間にケニアなんかも植え替えが進んでいて、それによって高標高でしっかり硬い豆が減ってきているのかなと思ったことがあります。

西尾:品種そのものが変わってしまうと、味わいにも直接影響が出てきそうですよね。
続木:そうなんです。だから、そのエリア独自の等級区分そのものが商品として成立しにくくなってきているようです。標高が高くても、昔ほど豆の目が詰まっていないので、以前と同じ「中深煎り」という括りのままでは風味が崩れてしまう豆が増えてきました。そのため、同じ名称の焙煎度合いでも、実際に火を入れる度合いを以前より浅めに調整する必要が出てきているという感覚です。見た目の色を薄くしたいわけではなく、風味を一定に保つための調整です。
例えばグアテマラのアンティグアとコバンの間にある農園のカトゥーラ限定豆は、豆が柔らかく、いつもの焙煎で出したら香りが死んでしまいます。湿度が高く低温だったのが原因で、しっかり焼かないと味が出ないケースでした。中深煎りと括っていても、テストローストとしてある程度微調整していかないと、最近の豆はその辺の見極めが難しくなってきているという印象です。
西尾:それも気候変動、温暖化と関わってくるということを体感されているんですね。
続木:数年前の豆の状態を知っているだけに、これが今どうなっているかというのを、その頃の焙煎データと見比べると、こんなに変わっちゃっているんだというのがわかります。
西尾:実際に豆を選ぶプロセスについても聞かせてください。
美味しいだけでは、選ばれない
続木:豆選びも、常連様との信頼関係づくりと同じ考え方です。主要な豆に関しては、収穫のタイミングに合わせて次の収穫までの1年分をまとめて仕入れているんです。長年お付き合いしている商社さんの場合だと、「今度エチオピア行くけどどこのエリアにしたい?」というオファーがあって、「グジの東方あたりのエリアでこういうフレーバーのものがあれば」と言うと、向こうから「これで決めるけどいいか」というメールが来る。信頼しているからこそ、サンプルすら取っていないんです。なので「あなたがそれで私が求めている味だと思うんだったら」ということで50袋用意するというような買い方をしています。

西尾:農園との信頼関係があるからこそ、良い豆を早いタイミングで確保できるんですね。話は少し変わりますが、2004年頃、ゲイシャやパナマがまだ日本に入っていなかった時代から仕入れていると伺いました。そこに目をつけたきっかけを教えていただけますか。
続木:きっかけの一つは、京都の有名なラグジュアリーホテルから声をかけていただいたことがあったのです。当時、今では有名なパナマのエリダ農園の豆をサンプルとして出したら、ブラインドカッピングで4社中1位になって「1年分、今の豆をキープしてください」というお話をいただいたのですが、最終的には別のご縁が決まり、そのお取引には至らなかったのです。
西尾:せっかく1年分キープされていたのに、契約自体がなくなったって。残った豆はどうされたのですか。
続木:当時1キロ3,500円で、店舗で「スペシャルティコーヒーだ」という感じで売り出しました。
西尾:その頃から浅煎りにも力を入れていらっしゃったのですね。そもそもカフェ・バッハさんは当時から浅煎りも扱っているお店だったのですか。

続木:浅煎りを扱っていたのですが、俗に言う浅煎りとは違うんです。一般的に「浅煎り」というと酸味が強いイメージがあると思うんですが、うちの浅煎りは決して酸味はないんです。うちの浅煎りも1ハゼは完全に終わっていて、2ハゼに行く手前ぐらいまで焼いているので、一般的な浅煎りよりだいぶ深めの焼き加減になります。
浅煎り、中煎り、中深煎り、深煎りという4段階で焼くという考え方自体は、バッハの頃から変わっていません。ただ、うちで言う浅煎りが酸っぱくならないのは、そもそも浅く煎っても酸っぱくならない豆を選んでいるからできることなんです。
私の定義は20年以上変わらず、酸味も苦味も穏やかでガブガブ飲めるアメリカンコーヒータイプでありながらキャラクターがしっかりしているものが浅煎りで、中煎りになると酸味が出てくるという考え方です。
当時は誰も知らないゲイシャに賭けてみた
西尾:パナマの豆にも早くから目をつけられていましたが、実はゲイシャに関しても、それよりさらに早い時期から仕入れていらっしゃったそうですね。そのきっかけも伺いたいです。

続木:実は今も焙煎機に、当時の価格が書かれたシールが貼ってあるんですが、あのエスメラルダがまだ知られていなかった時に、田口さんから「すごいゲイシャがあるんだけど」と言われて、その時、今では絶対ありえないですけど、4,800円/キロだったんです。仕入れてみたらすごく面白くて、焙煎した30分後はマスカットの味だったのが、だんだんライチっぽくなって、翌日にはレモンティーっぽくなっていました。これは面白いと思って、お客さんに何月何日何時に焙煎して30分後のマスカットをぜひ飲んでくださいと伝えたら、カウンターに常連さんが集まって「本当だ。」と。翌日来たら「これレモンティーになってるから明日も来てね。」と、砂糖を入れて飲んでもらったりして。その辺からお客様教育が始まった気もしています。
自分たちのように発信をしている立場の人間が最初に紹介すれば、明らかに他と違うこのコーヒーは注目してもらえるだろうなとは思っていました。ただ今は逆に、ゲイシャはあまり手をつけていなくて、たまにスペシャルな豆として出す売り方をしています。
西尾:すごいエピソードですね。最後に、今後の目標や挑戦したいことがあれば聞きたいです。
極めるんだったら極めないといけない
続木:ちょっと最近遊ぼうかなと思っていて、趣味のオペラと組み合わせたブレンドを作り始めています。今まではもう、なるべく多くの人に幅広く受け入れてもらえるコーヒーというのがこの店をやっていく上で必要だったのでメインにやってきたのですが、もうちょっと自分のニッチを極めてもいいかなという感じになってきています。
西尾:ニッチを極めるというお話が印象的でした。ところで、今回取材させていただくにあたってホームページを拝見したのですが、何年もブログを続けていらっしゃいますよね。
続木:オープンの時から10年目ぐらいのものは消してしまいましたが、ほぼ毎日更新しています。

西尾:ブログでも、好きなものとコーヒーを掛け合わせて、自分らしい表現をされているのが素敵だなと思いました。これからどんなことをされるのかもっと楽しみです。改めて、これからコーヒー屋さんを始めたいという方たちに向けて、何か伝えたいことがあれば伺いたいです。
続木:私たちが始めた頃と比べ、門戸はものすごく広がっています。今は素人でも生豆商社に会員登録すれば1キロから豆を買えますが、私がコーヒーをはじめた頃は「1キロ買う?何それ?」という世界でした。門戸が広がった分、多様性がある一方でライバルも多いということです。ビジネスとしてコーヒーを始めるには、今は非常に大変な時期だと思います。
例えばある京都の有名のお店では、スペシャルティコーヒーの走りの時期に特化して伸び、今も確固たる地位を築いていらっしゃいます。ただ、当時と違って今は「特化しています。」と言うお店自体がとても増えています。だったら「一体何が重要なのか、私は何がしたいのか、私の店をどういうお客様で埋め尽くしたいのか。」そこをまず考えないといけないと思います。
独立を目指して勉強中の教え子の一人が、バイクが好きなので「バイク好きが集まる店にしたい」と言うんです。「ホンダブレンド、ヤマハブレンドとかどうですかね?」と提案してくれたので、「もう一歩踏み込んで、V型2気筒ブレンドとか、エンジン特性まで掘り込むと面白いかもね」とアドバイスしました。エンジンの特性に特化するくらいニッチを極めれば、本当に好きな人がやってきます。単に「スペシャルティコーヒーが好きだから」というだけでなく、自分ならではの強みを見つけることが、これからは一層大切になってくると思います。
さらに豆の価格が急騰している今、うちは年間契約で市場価格より2〜3割安く買えているからこの値段で売れていますが、定価で買えばこの値段では出せません。そこそこ名前があるところが100gで千円で売るのと、新しく始めたところが同じ値段で売るのとは全然ハードルが違う。どういうお客様で店を埋め尽くしたいのか、それが可能か、市場にニーズがあるのかをまず自分の中でしっかり見極めておく必要があると思います。

西尾:おっしゃる通りですね。ニッチを突き詰めた方がいいと。
続木:だから一体何がしたいのか、コンセプトを明確にしてやっていかないと難しいと思います。
西尾:コーヒー屋さんはおいしくておしゃれが当たり前な時代になってきましたよね。続木さんのお人柄そのものが、また会いたくなるお店の魅力になっているんだなと感じました。長年やってこられた方の考え方は、これから業界を目指す方にも有益なお話だったと思います。
続木:ありがとうございます。
産地での経験を、豆選びや店づくり、お客様との関係にまで一貫して活かしてきた続木さん。ただ美味しい豆を売るのではなく、その背景にある物語を伝え、お客様と一緒にコーヒーの楽しさを育てていくこと。それこそが、続木さんのお店が愛され続けている理由なのだと感じました。
INTERVIEW & TEXT / KAE NISHIO

店舗情報
店名:自家焙煎珈琲 カフェ ヴェルディ 下鴨店
住所:京都市左京区下鴨芝本町49-25 アディー下鴨1F
SNS:https://www.instagram.com/caffe.verdi/

