
スペシャルティコーヒーは、知れば知るほど面白い世界。産地や品種、精製方法によって味わいは驚くほど変わり、その違いに気づくたびに新しい発見があります。伝え方次第で、その面白さはお客さん自身にも自然と伝わっていくものだと思います。そんなコーヒーの楽しさが、もっと世の中に伝わればいいと感じています。
第2回となる今回、取材させていただいたのは、京都・下鴨にある自家焙煎コーヒー専門店「カフェ・ヴェルディ」の続木義也さんです。
東京の名店「カフェ・バッハ」で焙煎理論を学んで独立し、20年以上コーヒーと向き合ってきたロースターの続木さん。実際に農園へ足を運んでいるからこそ語れる貴重なお話を伺いました。
お話を伺って感じたのは、産地のエピソードを面白く伝えることでお客様自身を育て、豆の特性やマーケット環境が変化する中でも独自の個性と信頼関係を大切にする続木さんの姿勢でした。味や焙煎技術だけでなく、お客様にコーヒーの本当の楽しさを伝え、「また会いたい。」と思ってもらえる存在であること。それこそが、続木さんのコーヒーづくりの根っこにあるのだと感じました。
今回は、そんな続木さんのインタビューを対談形式でお届けします。
目次
今回のスピーカー



「好きなものを仕事にしてはいけない」を貫いた末に
西尾:まず、なぜコーヒーをはじめたのかを教えていただいてもよろしいでしょうか。
続木:もともとコーヒー好きというわけではなく、私の高校時代の夢はカメラマンでした。雑誌のフォトコンテストに応募して入選したこともあったのですが、カメラマンという仕事は、自分がどんなに納得していても、売れなければただの紙くずになってしまいますし、自分が納得していなくても売れれば評価されてしまう。そこにずっと違和感がありました。私は、趣味や好きなものは、イメージ通り綺麗なままでいてほしいタイプなんです。でも仕事にすると、綺麗な部分だけでなく汚い部分まで見なければならなくなる。だからこそ「自分の好きなものを仕事にしてはいけない」と学生時代に強く感じて、「それなら今好きじゃなくてもいいものをビジネスとして選んで、仕事にしていく中で好きになっていけばいい」と考えたのです。それでカメラマンの道を諦めて、最初はダスキンに就職しました。
西尾:全然違う道ですね。
続木:そうなんです。実はカメラと同じくらいオペラも好きだったのです。当時の私の歌の師匠は、著名な歌手や俳優の指導も務めていた方でした。ただ、音楽芸術の世界には、努力だけでは超えられないものが二つあると思っています。例えばバレリーナは体格やバランス感覚といった身体的な適性がなければトップに立ちにくいですし、声楽家も自分の体そのものが楽器になるので、同じように適性の壁があります。声楽を学んでいた私も、その壁を感じて音楽の道を断念しました。
西尾:そこで音楽の夢も諦めてしまったのですか。
続木:ただ、その頃はまだバブルの真っただ中で、ダスキンが運営する「カーニバルプラザ」という大型エンターテインメントレストランで、ウェイターによるオペラの寸劇をやっていたのです。歌えるかなと思って入ってみたら、実際に配属されたのはカーニバルプラザではなく、ミスタードーナツ事業部でした。
西尾:音楽を続けたい気持ちはあったのに、まったく違う部署だったのですね。
続木:そうですね。でも、そこで4年ほど働いた後、山崎製パンに転職し、ヴィ・ド・フランスで1年半ほど毎日パンを焼く仕事をしていました。その後は店舗開発を任されるようになり、日本全国のさまざまな商業施設で店舗を手がけていました。
その後、京都に戻って進々堂に転職したのですが、そこにいた頃、パンの師匠から「君、コーヒーの方がいいんじゃない」と言われて。パンは味の可能性が無限に広がる世界ですが、コーヒーはよりシンプルな世界です。今考えると、一つの素材と真正面から向き合い、本質を突き詰めていく性格の方が向いているという意味だったのだと思います。それでいろいろ本を読んだ結果、田口さんの言っていることが一番腑に落ちたので、カフェ・バッハの門を叩いてコーヒーを始めたという流れです。
西尾:カメラマン、音楽、パン屋さんの店舗開発と、いろんな道を経てコーヒーに行き着いたのですね。カフェ・バッハさん以外にも、当時いろいろコーヒー屋さんがあった中で、カフェ・バッハさんを選んだ一番の理由は何だったのですか。
週末は焙煎の知識を学びに京都から東京へ
続木:コーヒーをはじめるにあたって、さまざまなコーヒー専門店に足を運びましたが、その中でも、カフェ・バッハのコーヒーは、雑味がなくとてもクリアだったのです。もちろんコーヒーは嗜好品なので、雑味があった方がいいという方もいらっしゃいますが、私の中では最もクリアなイメージで、焙煎度合いごとにキャラクターがしっかり立っていました。実際、カフェ・バッハのコーヒーを一週間飲んでから他のコーヒーに切り替えると、雑味の違いをはっきり感じたのです。
西尾:それでカフェ・バッハさんを選ばれたのですね。実際に東京のカフェ・バッハさんに入られて、どんな修業をされたのですか。

続木:いえ、実はバッハに働きに行ったのではなく、週末京都から東京に通い焙煎を教わっていたのです。土曜と日曜に浅煎り、中煎り、中深煎り、深煎りを焼いて、京都に戻ってからそのコーヒー豆をいろんな人に飲んでもらうという生活を1年半ぐらい続けていました。そうするうちに、田口さんから「もうそろそろ君は独立していいんじゃないか」と許可をいただいてオープンしました。
西尾:週末だけの通いで、そこまでの技術を身につけて独立を許されたというのは、相当な努力があったのでしょうね。バッハグループというのはどういう仕組みだったのですか。
「自分で豆を選びたいので、バッハグループを抜けます」
続木:バッハグループというのは、焙煎の修業をさせてもらいながら、バッハから豆を買うことを前提に成り立っている仕組みなんです。他の有名店も同様で、修業の対価として豆を仕入れる権利を得る形になっていました。今から23、4年前は今のように小分けで売ってくれるところなどなかったので、この仕組みは間違いなく良かったと思います。

西尾:そんな中で、ご自身で農園に行かれるようになったきっかけを教えてください。
続木:当時、バッハ内部で担当が変わる時期があり、豆の手配がうまく回らないことがあったのです。豆がないと営業できないので、仕方なく他から豆を仕入れるようになったのですが、そうなってくると自分でいろいろ選びたくなってくるんですよね。それで田口さんのところへ行って、「自分で豆を選びたいので、バッハグループを抜けます」と伝えました。さすがに引き止められましたけど。
永田:それは、カフェ・バッハさんにとっても大きな決断だったということですね。

続木:そうですね。田口さんには本当にお世話になった分、心苦しさもありましたが、独立して自分の目で豆を選びたいという思いが強かったのです。
西尾:やむを得ずというか、そういう流れだったのですね。それが、初めて農園に行かれるきっかけにも繋がったのですか。
続木:そうです。それで、2017年5月に初めてパプアニューギニアの農園に行きました。もともとは他社さんのブラジルツアーに参加しようとしていたのですが、予約が間に合わなくて。その代わりに、パプアニューギニアのコーヒー産業公社(CIC)が日本のロースターを招くという話があって、そちらに参加することになったのです。
西尾:初めて農園に行った時の感想はどうでしたか。
生産国それぞれの事情を知るということ
続木:CICについては、行ってみて初めて分かることがたくさんありました。倉庫に行くと、ケニアやタンザニア、グアテマラなどではサンプル豆が整然と棚に並んでいることが多いのですが、パプアニューギニアでは、ビニール袋に入った豆がまとめて置かれていて、その中から良さそうなものを選んで取ってくるという、他の産地とは違ったスタイルでした。管理者によって倉庫の運営スタイルにも個性があり、事前に想像していたイメージとはまた違う発見が多くありました。やっぱり実際に行ってみないとわからないものですよね(笑)。
西尾:それから他の国も回られたそうですが、そこで見えてきたことはありますか。

続木:その後もブラジル、タンザニア、ケニア、エチオピアと回るうちに、生産国ごとの違いが見えてきました。今コーヒー豆の価格は史上最高値まで高騰していますが、その事情は国によってまったく違うということが産地を訪問するとわかり、それが面白いんです。
例えばグアテマラにしても、アナカフェ(グアテマラ全国コーヒー協会)と輸出業者、農園それぞれの話が微妙に異なることがあり、立場によって見え方が違うんだと感じました。アナカフェは広報的な意味合いで、政府公表として発信している。輸出業者は、それをいかに利益に変えるかという視点で見てくる。農園レベルになると、本当に自分たちの作業レベルの話になる。それぞれの立場で見え方がどう違うかがわかってくると、コーヒーの本当の姿が見えてくるんです。
そのとき、アナカフェの発表では温暖化による収穫量減少が主な要因とされていましたが、農園レベルの話を伺うと、コロナ明けで熟練ピッカーが北米に大量に流出し、経験の浅い作業者が中心になったことで、ヘクタール当たりの収穫量が落ちてしまったという、別の側面も見えてきました。取り漏らした分は一気に収穫するしかなくなるので、当然そこで熟度が落ち、欠点豆も増えてくるということがわかってきます。
タンザニアでは、コーヒー産業に関わる団体から「北部のモシ地区は昔からのブルボンとケントが最大の生産量」という説明を受けることがあります。ブルボンとケントは、アラビカ種の中でもタンザニアで長年栽培されてきた主要品種です。ただ、農園で実際に木の葉っぱを見てみると、ブルボンとは違う形をしていることもあるんです。コーヒーは品種によって葉や実の形に特徴があるので、見ればある程度判別ができます。気になったので通訳の方に聞くと「コンパクト」という交配種で、生産性向上のために推奨されている品種だと教えてもらいました。資料に書かれている情報と、実際に農園で栽培されている品種とが異なっていることもあるんだなと感じた出来事でした。
怖いのは、今はインターネットなどで検索すると、発信力の強い情報源の内容が優先的に表示されやすく、現場の変化がすぐには反映されないことです。だから「モシ地区はブルボンとケントが最大の生産量」という情報がそのまま出てきてしまう。
実は現場では、生産性を高めるために推奨された新しい交配種が使われているのに、そこまでは反映されないんです。ただ、農園が好んで品種を変えているというより、気候変動の影響で従来の品種が、育てにくくなっているという背景があるんだろうなというのも見えてきます。だからこそ、知らないままインターネットの情報だけを信じて調べるのは危ないなと思うのです。
西尾:便利な分、鵜呑みにする怖さもありますよね。そう考えるとロースターさんが実際に農園に行く意味って本当にありますね。
価値観の違いを知ることの意味

続木:農園に行く意味として一番大きいのは何かというと、価値観の違いを知ることです。日本人と、パプアニューギニアの人、グアテマラの人とでは、そもそもの価値観が全然違い、農園の規模や経営スタイルによって、コミュニケーションの取り方も大きく異なります。パプアニューギニアやエチオピアの農園では、日本の当たり前や常識がまったく通じない場面が多くありました。生活の基盤となるインフラの状況が異なる環境で暮らす人たちとでは、物事の前提や価値観が大きく異なるのは当然だと思うのです。
でも、1週間ぐらい一緒に暮らしてみると、この人たちの価値観がこうなるのも当然だよなというのがわかってきます。
実際、価値観の違いを痛感した出来事もあります。ある農園でトイレの場所を尋ねたら、日本の感覚とはまったく違う衛生環境で驚いた出来事があって。日本は便利な国なんだなと実感しました。
西尾:現地に身を置かないと見えてこない世界ですね。そうした経験を経て、焙煎への向き合い方に変化はありましたか。
欠点豆が多いから、ダメというわけではない

続木:過去に11月頃エチオピアに行った年があったのですが、その年はたまたま長雨で、雨季が11月中旬まで続いていました。その影響で、収穫が遅れていて、完熟のタイミングに雨が降ったこともあって、熟度が上がりすぎて発酵系の欠点豆が多くなっていました。
ただ、形が悪くてもそれが逆に美味しくなることもあるんです。そういう年のクロップ(収穫された豆)が入ってきたら、「今回は欠点豆が多いけれど、これは樹上で長くついていたのだろうな」という感覚でハンドピックするようになりますし、それに応じてどういう焙煎をするかの味作りも変わってきます。豆をみて、雨季が長かったのか、降水量が多かったのかというのをある程度推測できるようになってくるのです。
見方が変わっても劇的に味を変えられるわけではありませんが、欠点豆が多くてもここまでは大丈夫だという判断がつくようになります。
特に楽しいのは、アディスアベバからイルガチェフまで車で朝6時に出て、着くのが大体午後3時か4時ぐらいなんですが、その車移動の間に、ベテランの焙煎士たちがいろんな話をしてくれることです。たとえば、現地でアテンドしてくれる方から「去年はすごく乾季が短くて収穫が大変だったから、こんな豆になったんだ」と聞くと「なるほどそういうことだったのか!」と腑に落ちます。
長年の信頼関係を築いた農園との絆
西尾:やっぱり事情を知るって大切ですね。初期に行った農園で、今もずっと買い続けている農園はあったりするんですか。
続木:ブラジルのヴィセンチさんの農園は、ずっと買い続けています。
永田:そういうのって思い入れや愛着みたいなものがあるのですかね。

続木:やっぱり、その人の情熱を感じるというのがあります。私たちが訪ねると、根っこを引っ張り出してきて、「この根っこの形がこうだから、この品種はこうなんだ」と熱く語ってくれて、この人は信用できるなと思ったのです。また、農園では、「ここから先を見てみろよ、ジャバニカ種を植えたんだ。この山の斜面全部ジャバニカ種だから、2年後が楽しみだぞ。美味しいのが育つから。」とジャバニカ種の栽培エリアを見せてくれたことがあったのですが、2年後に再び行ったら「全部鳥に食われた」って。(笑)
その話を聞いて、思わず笑ってしまったのですが、同時に、一番良いタイミングを見極めるのは人間よりも鳥や動物の方がうまいのかもしれないと思ったのです。天然の魚が美味しいのと同じで、人の手をかけすぎず自然に近いところで育ったものほど、良いコーヒーになるのかもしれないという感覚を持ちました。
西尾:継続的なお付き合いができるというのは信頼の証ですね。それでは、その農園さんとは何年くらいのお付き合いになるんですか。
続木:ブラジルに行ってからずっとなので、8年ですね。
永田:品質が下がったとか、そういうことは関係なくその農園からは毎年買われているんですか。
続木:ある程度そこはしっかり保たれているので大丈夫です。ニュアンスがちょっと変わるということはありますし、また、表裏(豊作年と不作年)がありますので、今年が裏(不作)だったら翌年は表(豊作)になりやすいので、そのタイミングで多めに買っておくというように調整しています。
こうした産地での出会いや価値観の違いを受けいれ、知ることが、続木さんにとってのコーヒーづくりの土台になっているのだと感じました。後編では、そうした経験がどのように豆選びや店づくり、そしてお客様との関係づくりに活かされているのかを伺っていきます。
INTERVIEW & TEXT / KAE NISHIO

店舗情報
店名:自家焙煎珈琲 カフェ ヴェルディ 下鴨店
住所:京都市左京区下鴨芝本町49-25 アディー下鴨1F
SNS:https://www.instagram.com/caffe.verdi/
