ひとりたのしむ (東ティモール編 vol1)

熊谷守一という人が描いた絵が好きで、今年の春に岐阜県付知町にある記念館を訪れました。

草花、鳥、猫、風景といった素朴な対象を、独特で力強い線と豊かな色彩で描いた作品の数々。それらを目の当たりにし、人は同じものをみて、こうも違う捉え方をするのかと、おもしろくもありつまらなくもある、なんともいえない不思議で曖昧な気持ちになりました。

他人の独創的な感性に触れたときの新鮮な驚き、そのおもしろさ。そして自身との差、その隔たりに対する軽い絶望、そのつまらなさ。

自分の中からはけっしてでてこないであろう素晴らしいものを見て、聞いて、知るたびに味わう、おもしろさとつまらなさが曖昧な割合で入り混じるブレンド。この味がすきなのかきらいなのかもわかりませんが、ただその奥深さに口をつけずにはいられない。これは人の性なのかもしれません。

春が過ぎ、夏がきて、ある日唐突に「昨年の夏に訪れた東ティモールのことを書いてほしい」と会社の広報担当者に頼まれました。そして私はまたいつかの春の日のように、不思議で曖昧な気持ちになりました。

私の眼でみた東ティモールでいい。そう言われて、最初はおもしろさを感じつつも、だんだんおやおや、つまらない感情が顔を出してきました。

東ティモールはとてもおもしろい国です。16世紀ごろからずっとコーヒーをつくりつづけ、生きてきた人たちが暮らす小さな島国。山々はコーヒーの木であふれ、いまも手仕事でコーヒーをつくっている真のコーヒーマンたち。小さな村では、使う道具のほとんどが手づくりの品々。

しかしながら、魅力を伝えるのがむずかしい国でもあります。ピラミッドのような歴史的な遺跡も、目にまぶしい鮮やかで珍しい動物たちも、地球の雄大さを感じさせるようなどでかい自然物もない。その国の土地、人々、文化を理解するためのフックとして機能する、わかりやすい自然的・文化的なものが少ないのです。

東ティモールのよさは素朴でうつくしい草花のようで、その魅力の本質を正しく理解して伝えるには、長い時間と高い感性が求められます。

私の眼でみた東ティモールでいい、と言われたものの、どれだけのことを伝えられるのか。考える時間が過ぎるたび、自身の力不足が浮き彫りとなってきます。

滞在日数は4日。感性も凡庸。濃密な時間ではあったものの、つまらないものを書いてしまうのでは、書かないほうがよかった、なんてことにならないか。

まだ真っ白なPCの画面を眺めているうち、もはや南米かアフリカのどこかにいるであろうネクロマンサーに弟子入りした方がはやいのでは?という妄想にも駆られました。

死者蘇生の禁術をつかい、尊敬する故・熊谷氏の尊厳を踏みにじりながらこの世に蘇らせ、東京池袋西郊・千早の自宅から約45年間まったく家を出ることのなかった氏を無理やり飛行機につめこみ、インドネシア経由で東ティモールへ連れていき、絵を描いていただく。

それが叶ったら、あとは私はこう語るだけでいい。この絵にすべて描かれています、と。

書いていてなんだかとても暗澹とした気持ちになってきました。きっとこれを読んでいるみなさまは暗澹を通り越して絶望的な気持ちになられていることでしょう。深い妄想の闇で包んでしまい申し訳ありません。

しかしご理解いただきたいのです。それだけ私が、この東ティモールという国にとても奥深い、素晴らしい魅力があると感じていることを。

この国はおもしろい。この国の人々とコーヒーは、とてもおもしろい。

確実に、間違いなく、多くの人の心の琴線に触れる豊かさがあります。ただそれらを適切にお伝えできるだけの技量も理解も足りていない。

「ネクロマンサー どこ」とGoogleで検索してしまうほどに。

さて、前置きという名の言い訳が長くなりました。そろそろ覚悟を決めて、結論を申し上げます。考えた結果、今回私は東ティモールのことを「獨楽的(どくらくてき)」に書いてみたいと思います。

「獨楽」。その名のとおり、「ひとりたのしむ」こと。

私がひとり楽しんだ、東ティモールでのエピソードをご紹介します。ひとりで楽しんだだけなので、なにがおもしろいのかわからないかもしれません。つまらないことにしか思えず、さっぱり魅力が伝わらないかもしれません。

しかしそれらをいったん脇に置いて、書いてみます。

それがいまの私にできる、私の中にある東ティモールという国、その人々とコーヒーのおもしろさのすべてをつめこんでお伝えできる方法ではないかと思うからです。

不足する感性と技量は、情熱で補うしかありません。そして私の熱は獨楽的なもの・ことからしか生まれてくれません。ひとりあそびになってしまうかもしれませんが、どうかお許しください。ひとりの人間からでる、ひとつの小さな島国とコーヒーの私的な熱。その温度だけでも感じていただけたら幸いです。

書き出しのおわりに、なんちゃってネクロマンシーな術をつかって熊谷氏の一文を拝借。

「獨楽。人にはわからないことを、独りでみつけて遊ぶのが、わたしの楽しみです。」

私の中にある熱と素朴で豊かな東ティモールの魅力があなたに伝わることを願って。

どうぞひとり、おたのしみください。

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本章:ひとりたのしむ 

次章:東ティモールの一般情報、レテフォホの場所。ティモールハイブリットと樹木のこと

第3回:コーヒーチェリー収穫。収穫の手編み籠。チェリーの味。糖度計。カスカラのことなど

第4回:土のこと。ビオポリ。ミミズ。ダーウィンのミミズ研究のはなし。

第5回:木製道具のこと。パルパー(果肉除去機)と臼(破砕機)。

第6回:東ティモール・レテフォホの村々で飲むコーヒー。甘いネルドリップ。子どもたちのこと、豊かさのはなし。

第7回:おわりに。山から下りて、海へ。泳げない東ティモール人、ワニのはなし。東ティモールの神話と、中川ワニさんのこと。