10月の初め。横から吹きつける海風に肌寒さを感じながら、わたしはいつもとは違った気持ちで東京ビックサイトに向かいました。
SCAJ ワールド スペシャルティコーヒー カンファレンス アンド エキシビションは、毎年約7万人もの来場するアジア最大のスペシャルティコーヒーイベント。コーヒーの生産国・地域をはじめ、世界中のコーヒーにまつわるあらゆるひと、ものが集まるビックイベントです。
海ノ向こうコーヒーは、2021年から、毎年テーマを変えてブース出展をしています。今年のブースのテーマは「あたらしい循環」。つくり手と買い手という境界線を越えたコミュニケーションを通じて、よりよいものづくりやあたらしい価値の創出につなげていく。そんな循環を生み出すことを大切に考えて活動してきました。
コーヒーがきっかけで出会ったものごとにおいても「循環」を生み出していきたいという想いから、今年はネパールのお茶「イラムティー」を紹介しました。ブースに足を運んでくださった方は、「うみむこがお茶......?」少し驚いてしまったかもしれません。
私たちにとっても「お茶」は新しい挑戦。どんな反応があるのかドキドキしていましたが、「ネパールのお茶、初めて飲みました!おいしいです!」「クセが少なく、飲みやすい。どこのお茶なんですか?」と、みなさんがかけてくださる言葉がとても嬉しく、胸が熱くなった3日間でした。
イラムティーとの出会い
ネパールのお茶との出会いも、コーヒーがきっかけでした。わたしが初めてイラムを訪れたのは、イラムのお茶農家さんたちがコーヒーを始めたいと言っているから、一回見に行ってほしい、そんな話からでした。
イラムは、インドのダージリンと国境を接する地域。ダージリンというと、紅茶の有名な銘柄を思い浮かべる人も多いかもしれません。イラムも、ダージリンに劣らずお茶の一大産地ですが、その名前はあまり知られていません。
お茶のことを、ネパール語では「チヤ」と言います。余談ですが、実は現地で使われる「チヤ」という言葉の定義は広いようで、農産物としてのお茶もチヤだし、いわゆるチャイもチヤだし、ただあったかい飲み物のことをチヤと言ったりもします。村で「チヤ飲む?」と訊かれて、砂糖たっぷりのコーヒーが出てきて戸惑ったこともしばしば......。
イラムのお茶農家さんの家を訪れたとき、出してくれた「チヤ」。今までカトマンズで飲んでいた「チヤ」と全く違うことにびっくりしたことを覚えています。
茶葉をぐつぐつ煮込むこともなければ、大量の砂糖を入れるわけでもない。それは、すっきりとして、後味にほんのり甘さを感じるグリーンティー。
ネパールにこんなおいしい「チヤ」があるなんて、知らなかった!透明のカップに入った液体は、きらきらと輝いて見えました。
「品質の良いお茶を作っているというプライドが僕らにはある。イラムティーとして世界に知ってもらうことが夢なんだ。」と語るお茶農家さん。まっすぐな彼らの想いに、応えてみたい、と思いました。
ティーが地域にもたらすこと
ネパールの主要産業は農林業です。多くの人口が農業に従事していますが、技術開発の遅れや気候変動の影響などにより、安定した収入を得るのが難しい状況があります。
一方で、都市部や海外への出稼ぎの人口も年々増えており、イラムにおいても村から出ていく若者が増えています。
そんな中、イラムでは10〜20年ほど前に小ロットでお茶の加工ができる機械が中国から導入され、「スペシャルティティー」とよばれる、高品質で細かくロットわけされたグレードのお茶をつくる生産者が増えてきました。とくに近年は、地元であるイラムの村で、自身で工場を設立し、スペシャルティティーをつくることで生計を立てていこうとする若者が少しずつ出てきています。
しかし、新規就農者や生産者にとって、一番の課題となっているのがオーガニック認証の取得とマーケットへのアクセスです。経験不足や資金の問題から認証取得ができていない農園が多くありますが、オーガニック認証なしではヨーロッパ市場への販売が難しく、販路を見つけるのに苦労していると。
生産者とバイヤーをつなぎ、お茶生産の支援や認証取得の指導をおこなっているHIMCOOPは、そういった新規の農家や若い農家へのサポート、バイヤーとのマッチングに力を入れています。HIMCOOPのプラミタさんは、イラムへ向かう飛行機の中でこう語ってくれました。
「若い人たちがお茶のビジネスを始めようとイラムに帰ってきてくれている。とても嬉しいことです。そうした若い生産者さんたちをサポートしていくことが、わたしたちの役割だと思っています。彼らが、イラムティーの未来をつくっていくのですから。」
海のむこうに想いを馳せて
海ノ向こうコーヒーとおつきあいのあるコーヒー農家さんは、そのほとんどがコーヒーの栽培を専業としていません。コーヒーの他に野菜をそだてたり、お茶をつくったりしています。コーヒーを知ってほしいことはもちろんですが、海の向こうの、人たちのすがた、暮らし、風景、なにもかもを伝えたい。そしてイラムティーも。
「遠くに想いを馳せる想像力を。」という、海ノ向こうコーヒーが発足当初から掲げているメッセージが、ひろがっていくように。海ノ向こうコーヒーが扱う最初の「お茶」、イラムティー。ヒマラヤの大自然のなかで育まれたユニークな味わいと香りを、ぜひ感じてみてください。