ミャンマーコーヒーへの想い

2021.07.08
  • ミャンマーのはなし
  • 産地の話

ジーニアスコーヒーと知り合ったのは、2015年東ティモールで仕事をしているときでした。突然メールが入り、「友人から伺いました、ミャンマーコーヒーなんとかしてください」という半ばスパムメールのような書き出しでした。よく読んでみるとジーニアスコーヒーは、最近設立された会社で、シャン州ユアンガンという地域で活動しているソーシャルビジネスの会社ということがわかりました。「サンプルを送ったから一度評価してくれ」ということで、送られた来たサンプルを飲んでみると、不味かった。どうやったらこんなに不味くコーヒーを作れるのだと思ってしまうほどの品質で、逆に興味が湧いてきました。その年の年末に早速ミャンマーへ。空港に迎えにきてくれていたのは、ジーニアスコーヒーの品質管理部長チャインコーさん。ホテルへ着くと、ジーニアスコーヒーの創設者ゲトゥンさんが迎えてくれました。早速夕食をとりながらいろいろと伺うと、彼の情熱的な思いがひしひしと伝わってきました。「ミャンマーはここ最近経済的に成長してきたかもしれないが、それでも、基盤にあるのは農業の国だ。」「農家、特に小農家がサステイナブルな生活ができないとミャンマーは豊かにはなれない。」「だからコーヒーが良いと思いジーニアスコーヒーを始めたんだ」と。

 コーヒーは加工を経るごとにその価値が上がる商品で、収穫したコーヒーチェリー、1次加工を行い乾燥させた状態のドライパーチメント、脱穀した状態の生豆等々、その状態によって価値が上がる。もし生産者が自分で焙煎したコーヒーを一杯ずつ販売すると、コーヒーチェリーで販売した時よりもその価値は300倍以上になる。そういった可能性のある農作物がコーヒー。他の野菜や果樹ではなかなかそういうわけには行かない。だからジーニアスコーヒーのゲトゥンさんはコーヒーを使って小農家さん達をモチベートしていこうと決めました。

 ジーニアスコーヒーは2013年に設立し、ユアンガンの生産地を中心にコーヒー農家さんたちからコーヒーを市場価格よりも高い価格で買い付けていました。基本は、コーヒーチェリーでの買い付け。希望する生産者には加工方法をレクチャーし、ドライパーチメントでの買取も行なっていました。少しでも良い価格で買ってあげたいという思いからそうなったそうです。買い付け量も多くなり、今までミャンマー国内での販売が中心でしたが、海外への販売も視野に入れて考えたときにちゃんとした世界基準のコーヒーを作りたいと思い、冒頭のような連絡がきたというのが経緯です。

 品質が悪かったのは加工場のせいでした。実際に訪れた加工場は水を何度も使い回したり、発酵中に直射日光が当たっていたり、選別が全くできていなかったりと、品質劣化が起こる原因のオンパレードでした。早速新しい加工場の建設に取り掛かり、大規模生産でも安定した品質を作り出すフレームワークを行いました。加工場内で働くスタッフにも(小農家さんの若者を採用)コーヒーの加工のいろはを一から教え込み、周辺の小農家さんには、村ごとにコーヒー栽培セミナー、加工セミナー、収穫セミナー、病虫害対策セミナー等等、さまざまなワークショップを行いました。そこで驚いたことは、小農家さんがメモをとっていたことです。通常、というか今までは、こういったセミナーを行うと農家さん達は、基本的はお昼ご飯がタダで食べられると思ってくるので、セミナーも半分ぐらいしか理解していません。メモなんて全く取らない。それがミャンマーのユアンガンでは、農家さんがレクチャーを真剣に聞き、メモをとっていたのです。これはとても驚きました。そして、セミナー終了後にも、これはどういったことか?といった質問がたくさんありました。農家さんの家を一軒一軒回りながらその農園の状況を確認し、こうしたらもっと良くなるよと伝えるとすぐに実践する農家が数多くいました。

 農家さんの家では、必ずピーナッツと揚げたそら豆、そして自分の庭で採れたアボカドやオレンジ、お茶(ミャンマーはお茶文化)が提供され、初めてきた外国人に対して、丁重にもてなしをしてくれました。農家さんは、一家に必ず一頭は水牛を買っており、その水牛を昼間は散歩に出す(自分で自分の家に帰ってきます)。家の窓越しから水牛が垣根越しにゆっくりと歩いているのを窺いながら、お茶を啜り、農家さんの子供が嬉々として農園を走り回る声に耳をすます。なんとも時間がゆったりと流れる場所でした。

 ユアンガンの農家さんというか、ミャンマーの農家さんは栽培技術も理解する能力もとても高く、実践力もあります。そのため市場に出せる品質に仕上がるのに1年とかかりませんでした。ジーニアスコーヒーと今後の展開を話し合っているときに、「今度は、生産者にもっとスポットを当てたコーヒーを作ろう」という話になり、マイクロミル(大きな加工場で加工するのではなく、農家さんが住む村でマイクロな加工場(ミル))でコーヒーを作ろうと決めました。今までは、どこの村の誰のコーヒーというのがちゃんとトレースできなかったのですが、マイクロミルで収穫したコーヒーを加工すると、いつ、どの村で加工されたコーヒーかがわかるようになり、そして、その村のコーヒーの味わいを知ることができます。何より、自分たちで輸出前レベルまで仕上げることができるので、コーヒーチェリーで販売していた価格よりも高く販売することができます。それはいい考えだということでマイクロミルの話を進めました。

 話を進めている中で、「できれば、日本のコーヒーロースターさん達とも繋げたいよね」という考えがゲトゥンから提案されました。「生産者と消費者」ではなく「生産者と共同生産者」という考え方が好きな僕としても、それはいい、ぜひやろうとロースターさん達に提案。予想以上に興味を持っていただけて、無事マイクロミルを建設することができました。

 コロナで大変な中、マイクロミルとはなんぞや、という話を丁寧に村の人々に伝え歩いてくれたジーニアスコーヒーのスタッフ、まだ見たこともないのに「よし、やろう」とやる気になってくれた農家さん、まだ会ったこともない生産者に対して「よし、協賛しよう!」と参加してくれたロースターさん。関わる全ての人が前向きなプロジェクトとなり、完成することができました。

そんなある日2月1日。朝突然「ミャンマー郡のクーデター」のニュース。すぐにゲトゥンに連絡をし、無事を確認。しかし、危ないところだったようです。30分気付くのが遅れたいたら、軍に拘束されていたかもしれなかったとのこと。それからというもの、非暴力のデモ活動がミャンマー全土に広がり、ユアンガンのコーヒー農家さんも参加。ミャンマー軍の一方的な攻撃のニュースが後を経たなくなりました。毎日のように連絡を取り、最初はSNSを使用してのやり取りから、ネットが遮断され、国際電話でのやりとり。「大丈夫、農家さんはちゃんと作ったミルで収穫したコーヒーを加工しているから」と。村の農家さん達は、デモ活動の週に3日。その他の4日を使ってコーヒーの収穫や乾燥を行っていました。大変な状況下でも、日本向けのコーヒーを作ってくれているのだという感動と申し訳なさで胸がいっぱいになりました。未曾有の事態の中、誰もやったことのないマイクロミルでの加工、農家さんへの密な連絡、それはそれは大変な苦労だったと思います。そして、港がうまく機能しない中でも適切に輸出会社を選び、素早く輸出業務を行ってくれました。

そして、東南アジアの中でも今年一番最初に入荷したのがミャンマーでした。

品質は、今まで以上にクリーンな仕上がり、丁寧に仕事をしてくださったというのがとてもわかる味わいのものでした。

PageTop