カーテンを開けると気持ちの良い日の光が差し込んでくる朝。
新鮮な空気を取り込む瞬間って、とっても気持ちがいいものだと思う。朝食と一緒にケトルでお湯を沸かし、物静かな空間でコーヒーを挽きながら今日の予定を頭のなかで整える。おいしいコーヒーを淹れる準備をする時間は、1日の中でも一番好きかもしれません。
少し背筋を伸ばして、どこか緊張感のあるその時間は、コーヒーを淹れるという絶妙な手間があるからこそ日常のなかでも特別な非日常となるのだと思います。
そうした自分の心を整える時間を僅かでも日常のなかに持てるようになると、もっと毎日が楽しく、豊かになるのではないでしょうか。
僕たちはそんなコーヒーのある毎日がより充実できるように、いろんなコーヒーの面白さを一緒にお届けしたい。そして、楽しみながらいろんな味を知り、コーヒーを知り、産地を知る。
そんな風に、少しずつコーヒーの面白さに気づいてもらえるように更新していこうと思っています。
コーヒーを淹れること
みなさんはお家でコーヒーを淹れていますか?
コーヒーをどんどんと好きになっていくにつれて、いろんな器具を試してみたり、淹れ方にこだわってみたり。一歩踏み込んでいろんな情報を調べてみると思うのですが、どこを見てもおすすめしているレシピはほんの少しずつ違いますよね。
不思議なことにコーヒーってとても繊細で、器具をひとつ変えるだけで味が変わったり、挽き目を少し変えるだけで全く異なる風味が出たりするんです。
コーヒーの味を変える要因はたくさんあって、それはお湯の温度やコーヒー豆の重さ、注ぐお湯のタイミングひとつでほんの少しずつ変わっていきます。
バリスタはそのパラメーターを少しずつ調整しながら、その豆にとってのベストなおいしさを探っているのですが、今日はその考え方をちょっとだけご紹介していきます。
僕の意見としては、その人が納得するおいしさであれば、どんな風に淹れてもらっても、どんなレシピでも構わないと思っています。そもそもコーヒー豆の素材自体がおいしければ、どう淹れても基本的にはおいしくなるはず。
けれど、どうしてそのレシピにしているのか、その意図をきちんと理解できることがとても大切です。それさえ理解できれば、いろんなレシピで迷わずに済み、自分だけのレシピを作ることだってできるでしょう。
とは言え難しいお話になるので、ゆっくりコーヒーを飲みながら、お楽しみください。
コーヒーのエイジング
挽いたコーヒー豆の一つひとつには、実は、六角形の小さな空洞がたくさん空いてます(粒子一粒につき60-70個ほど)。
この空洞は蜂の巣に似ていることからハニカム構造と呼ばれていて、焙煎によって細胞壁が炭化することによって生じます。この小さな一つひとつの壁面にコーヒーとなる成分が付着していて、空洞のなかには炭酸ガスや水素分子が詰まっているのです。
コーヒーにおける“蒸らし”が大切とされている理由は、効率よくコーヒーの成分を溶け出させるため、炭酸ガスをあらかじめ放出させておく必要があるから。このとき空洞から炭酸ガスが抜けることによって、ぷくっと膨らむ現象が起きます。
焙煎直後ではこの炭酸ガスを非常に多く含んでいるので、ガスがお湯に成分が溶け出る妨げとなってしまい、焙煎直後のスモーキーな香りもよく溶け出やすい状態なのです。
そのため焙煎してすぐは味が落ち着かないので、焙煎日から3日は待ってあげた方が美味しく楽しむことができます。
また、炭酸ガスは時間と共に自然放出されますので、焙煎から日数が経過すると“蒸らし”の際に膨らまなくなりますが、特に問題ありません。
適度にガスが抜けている方がお湯の流通を手助けし、風味のクリアなおいしいコーヒーが出来上がります。この時間経過のことを”エイジング”とよび、豆の種類や焙煎によって、美味しさのピークが変わってきます。また時間経過とともに、酸化による劣化現象も同時に進むので、焙煎後3日〜1ヶ月程度が飲み頃です。
劣化する要因はもちろん酸化だけでなく、光(紫外線)の当たる場所や湿度、気温の高いところには注意しなければなりません。
浸漬式と透過式
コーヒーの抽出って、実は2つの方法があるんです。
先ほどお話した、ハニカム構造の空洞にお湯を通過させることで成分を引き出す方法を“透過式”と呼び、お湯に浸すことで、『濃度の高いコーヒーの粉の内部』と『濃度の低いお湯』との濃度間の差を均一にしようとする働きから成分を引き出す方法を“浸漬式”と言います。
ドリップコーヒーの場合、実はこのどちらの方法も行っているため、より効率よくおいしい成分だけを抽出することができるのです。フレンチプレスや水出しコーヒーの場合は浸漬式のみの方法です。また透過式に、さらに圧力を加えたものがエアロプレスやエスプレッソでの抽出となります。
浸漬状態での抽出は、時間にしか依存しません。なので、どれだけの時間コーヒーの粉をお湯に浸しているかで味わいが大きく変化していきます。しかしながら、時間を取りすぎてしまうと苦味や雑味成分も溶けでてしまうので、浸漬状態で作るコーヒーを調整する場合、レシピは変えずに挽き目や湯温で調整してあげる方がおすすめ。
※水出しコーヒーでは、ゆっくり時間をかけておいしく抽出できるよう、湯温を下げて抽出しています。これによって、親水性の成分である苦味や雑味、カフェインなどが溶け出にくく、良質な甘みがよく感じられるようになります。
一方で透過式では、何度も繰り返しお湯を通過させることによって、短時間でも成分を抽出できるようになります。つまり、短時間で効率よくおいしい成分だけを取り出すことができれば、嫌な味を抽出せずに済むこともできるのです。
コーヒーの抽出理論
コーヒーが一番初めに溶け出る成分って、実は酸味なんです。コーヒーが落ちる一滴目を味見してみると、とてもすっぱく感じると思います。酸味が出てからは、後を追うように甘味成分が溶け出ていき、時間をかけるほどに雑味や苦味がでてきます。
一般的に、コーヒーの濃度は1.15-1.35%くらいが美味しいとされているのですが、ドリップコーヒーの場合、抽出開始から約1分程度の間で約3-4%の濃度が抽出されます。その後ゆっくりと濃度が薄まっていくことで、出来上がりの濃度が1.3%前後になるのです。
また、コーヒーを構成する98.7%は水でできているからこそ、使う水にもこだわってあげた方がいいでしょう。
おいしいコーヒーを淹れる3つのポイントとしては、
①1回目に注ぐ湯量よりも、2回目に注ぐ湯量が多い方が甘さのあるコーヒーになりやすい②約1分ごろまで(前半)に、いかに甘さと酸味のバランスよく、美味しい成分を抽出できるか
③後半では、いかに雑味や苦味を抑えて、飲みやすい濃度まで薄められるか
が大切になってきます。
ポイント①の部分では、必ず蒸らし(1回目)を終えた次に注ぐ量は抽出工程に置いて多くの湯量を注いでいるはずです。1回目の湯量と2回目の湯量を変えると、逆に酸味の強いコーヒーになるでしょう。
ポイント②の部分では、特に浅煎りのコーヒーではドリッパーを回したり、スプーンで攪拌したりしますよね。これはコーヒーの粉全体にムラなくお湯を浸透させることで抽出効率を上げる役割があるのですが、これが行われるのは必ず蒸らし(1回目)のタイミングです。それはなぜかと言うと、2回目以降の抽出の効率を上げてあげるため、つまり甘さをより効率よく引き出してあげたいという意図があるんです。
浅煎りから中煎りまでは攪拌してあげるとより甘味の強いコーヒーになりますが、中深煎り以降の豆だと逆に苦味や雑味が出やすくなってしまうので注意が必要です。
そしてポイント③では、後半の注ぎ方を変えるレシピも多く見かけます。
最後はゆっくり細く、粉を攪拌させないように淹れる人もいますし、ドリッパー内にお湯がまだある状態で抽出を終えてしまうレシピもありますね。これらは、雑味成分の抽出を抑えたり、コーヒーの濃度が薄まりすぎるのを防ぐ役割があるんです。
エアロプレスという抽出器具を用いた大会では、たくさんの粉を使って、前半部分の美味しいところだけをぎゅっと濃く抽出し、あとはお湯で適切な濃度まで割るようなレシピが勝ちやすい傾向にあるのも、こういった理由があるのでしょう。
濃度と収率
コーヒーは1.3%前後がおいしい濃度だとお話しました。しかしながら、コーヒーのおいしさを決める数値は、実は濃度だけでなく、『収率』にもあるのです。
収率とは、『理論上得ることが可能なその物質の最大量』に対する『実際に得られた物質の量』の比率のことです。コーヒーは30%程度が最大値とされているのですが、この数値が18-22%となるとおいしいコーヒーになりやすいとされています。
そして収率は『濃度 × 抽出量 / 粉量』という計算式で算出できるので、濃度計を持っている方はすぐに計算することができます。逆に言えば、この計算式からおいしいコーヒーの抽出量と粉量の割合が見えてきたり。ちょっと化学のようなお話になりますが
例えばおいしい理想の濃度を1.3%として、求める理想の収率を20.0%とした場合
『1.3 × 抽出量 / 粉量 = 20.0』
と表すことができます。つまり、
『抽出量 / 粉量 = 15.4』
『抽出量 = 15.4 × 粉量』
となることで、抽出量はコーヒーの粉の約15倍で設定してあげるとおいしいんだ!ということがわかります。ただこれは濃度が1.3となる前提のお話なので、実際に15倍量で抽出しても濃度が変わればおいしくないことも、、
また、この収率という考え方は粉の一粒ひとつぶの平均値のことを表しているので注意が必要です。どう言うことかというと、収率20%という場合、全てのコーヒーの粉から等しく20%の比率で溶解性物質を得ているということなのですが、実際にはこれは不可能に近いと思っています。
なぜならドリップコーヒーの場合、お湯を注ぐ場所や粉の不均一な粒度など様々の要因でたくさんの成分が溶け出ている粉もあれば、そうでない粉もあるから。このブレは雑味に大きく繋がったりもするので、『ドリップコーヒーを上手に淹れること=等しく全ての粉から均等に成分を抽出できること』と言っても良いかもしれませんね。
どんな味になるの?
濃度が低いコーヒーは、薄い味になるのは想像できますね。でも実はそれだけではなくて、濃度が薄いと酸味が感じやすかったり、後味の広がりが短かったり、、
コーヒーによっては、『濃いのにすっぱい』とか、『薄いのに甘味はある』みたいな現象が起きたことってありませんか?
実はそれは、濃度と収率の関係性にあるのです。
このグラフの真ん中が理想状態のコーヒーとして、『濃いのにすっぱい』という状態は右下、『薄いのに甘味はある』状態は左上だったりするかもしれません。
できるだけこのグラフの真ん中に近づけるように、レシピを調整したりしていくのですが、一概に真ん中以外がおいしくないという訳でもありません。人によっては真ん中上のコーヒーが好きという人もいるし、僕自身はいつもグラフの真ん中ちょい下を目指して抽出を心がけていたりします。
また深煎りのコーヒーの場合は、基本的に使用する粉量が多いのでこの収率の考え方では説明できない点がいくつか出てきたりしますが、また機会があればお話していこうと思います。
こんなふうに、様々な味の変化を紐解いていくと、コーヒーって本当に奥が深くて面白いんです。
コーヒーはとても多面的で、農作物としての側面や、雇用を生み出すツールとしてなど、いろんな社会背景に繋がっていることはもちろん、実は抽出という面でもまだまだ解明されていないことはたくさんあります。
抽出においては、毎年世界中でコーヒーの抽出における大会が開催されるくらい、淹れ方ひとつでも多様性に溢れているし、レシピなんて人によってさまざま。
何が正解なんてものはありませんが、コーヒーの理屈を知っていくと、自分だけのオリジナルレシピを作れる日が来るかもしれませんね。
結論としては、このレシピさえ抑えていればどんな豆でも必ずおいしくなる!なんてことはすごく難しいということ。
けれど、僕たちのコーヒー豆にとってのおいしい淹れ方のレシピは、いずれまたお伝えできたらいいなと思います。
今日お話したことは、まだまだほんの少しですが、いろんな楽しさをこれからもっと共有できれば嬉しいです。